ものすごいあたまのでかいひと

今日はものすごいあたまのでかいひとについておはなしさせていただきます。

そんじょそこらではありません。ものすごいのです。

 

 

ものすごいあたまのでかいひとはよく私の前の席にすわります。

彼は体型上かたはばもでかいが、まず、あたまがでかい。

と、いうことはそれに付随する耳もでかいのです。

 

 

人間といふものは、器官のどれかが停止している場合、それを補おうと周りが発達します。

かくいう私も人の子ですから、当然そうした機能をもちあわせております。

彼独特のかほりにいつも眠りから呼び起されます。

エディット・ピアフの有名なアコーディオン弾きという曲(戦地に赴いて死んでしまった恋人のアコーディオン弾きと似た音色を聴き、彼がかえってきた!と幻覚をみる場面がある)ではないですが、

いつも私は「彼がかえってきた!」

と思い目が覚めます。

シャンソンでは幻覚ですが、

私は正気です。

まさに目の前に彼がいます。

そして気づいてからめざめるまでのスピードはコンマ1秒です。

 

 

そうした出会いですから、気づくと彼は目の前に座っているのです。

なので後姿なのです。

しかしそれでもその3D効果はすばらしく、我をして圧迫せしめるには十分なのです。

そうです

Es ist genug!(もうけっこうです)

ウィーンのバター料理を食べすぎた私が、そこで放った一言を思いだします。

 

彼の正面はめったにみれません。

横顔はみれます。

牛乳瓶のやうな眼鏡に付随して魚眼レンズで覗いたやうな拡大させたまんまあるい目。

その耳のラインから生え、密集している毛髪。

それは我をして注目さしめるには十分なのです。

私はいつも釘づけです。

 

 

美しいものは多くの人をひきつけます。

 

しかしあなたがたの記憶には、

ものすごいあたまのでかいひとと、きれいなひとがいた場合、

どちらが今後のあなたを支配するでしょうか。

その差はほとんどないはずです。

 

作品制作にあたって、後者のテイストをうまく脱構築していくことが重要なのではないでしょうか。